はじめに
宮下文書とは、明治16年(1883年)、山梨県富士吉田市大明見の宮下源兵衛宅において、私の五代前の先祖である神主・宮下荘齊立会のもと発見された古文書です。
宮下文書には、日本の古代史や皇統、南朝史などに関する多くの記述が収められており、その内容は今日まで多くの研究者の関心を集めています。
発見
明治16年(1883年)、宮下源兵衛宅で宮下文書が発見されました。
この発見には、宮下家の神主であった宮下荘齊が立ち会い、その後、この文書は世に知られるようになりました。
三輪義凞氏による研究
発見後、三輪義凞氏は約30年にわたり宮下文書の調査・研究を続けました。
現地調査や史料収集を重ねながら、その内容を整理・考察し、宮下文書の価値を広く社会へ伝えるため研究を続けました。
研究成果の出版
その研究成果として、三輪義凞氏は次の書籍を出版しました。
- 富士史(明治39年)
- 神皇紀(大正10年)
- 長慶天皇紀略(大正13年)
さらに、財団法人富士文庫設立後には、
- 富士文庫(大正15年)
が刊行されました。
財団法人 富士文庫
宮下文書の研究成果は全国から大きな反響を呼びました。
その機運を受け、大正11年(1922年)には、宮下文書の研究・保存・普及を目的として財団法人「富士文庫」が設立されました。
宮下文書研究室の活動
宮下文書研究室では、宮下文書をはじめとする歴史資料の調査・研究を行い、その成果を広く社会へ発信しています。
また、三輪義凞氏の研究成果を継承し、歴史資料の保存と普及に努めています。
関連ページ
- 富士史とは
- 神皇紀とは
- 長慶天皇紀略とは
- 富士文庫とは
- 三輪義凞とは
- 研究内容
宮下文書発見(明治16年) ↓ 三輪義凞氏 約30年研究 ↓ 富士史(明治39年) ↓ 神皇紀(大正10年) ↓ 財団法人 富士文庫設立(大正11年) ↓ 長慶天皇紀略(大正13年) ↓ 富士文庫(大正15年)